Garden

生命のエネルギーを感じる、野趣溢れる庭

山林の多い東京・町田エリアの庭付き一軒家に家族で暮らす、青木優子さん。長年、野の草花や古い品種のハーブ、オールドローズなどを中心とした庭づくりをされています。日々の営みが高じて〈GARDEN & WILD FLOWER〉という屋号で、フローリストやイベント用に庭や畑でこしらえた草花をお届けすることが生業に。「野の花が好き」と語る青木さんの庭は、生命のエネルギーが感じられる野趣溢れる景色が魅力的。植物への想いや庭づくりまでの道のり、自然との関わりについてお話をお伺いしました。

幼い頃から日常で出会う草花に魅了され続けてきた。

“杜の都”と呼ばれる自然豊かな宮城県仙台市に生まれ育ち、幼少期から植物に親しみ、次第にその魅力に目を開かれていったという青木さん。

「私の父は庭で植物を育てるのが好きで、母は日常的に花を生けるのが好きな人。母は『庭の花を生けたい』という想いがありましたが、父はそうされるのをすごく嫌がっていて。そこに衝突があったことが印象に残っています。昔はいまよりも園芸の世界と切り花の世界が切り離されていたといいますか。それで、母は野の花を摘むようになったんです。私が野の花を好むようになったのは、そんな母の姿を見ていたことが土台にありますね。それと、小学校3年生のときに学校の先生から『カントリー・ダイアリー』という本を教えてもらったことも、記憶を遡ってみると植物との関わりを深めていく重要なエピソードだったように思います」

「この本は1900年代初頭にイギリスで画家や美術教師をしていたイーディス・ホールデンという女性が、英国の田園風物詩の動植物の絵を描き、日記を綴った植物観察記録のようなもの。彼女の死後、書き留めていたダイアリーが発見され、数十年経ったあとにまとめられました。イーディスの自然を繊細に感知するセンスに深く感じ入るものがあり、私もこの本で紹介されているような植物を育てたいと思い長年愛読しています」

青木さんは庭や畑でこしらえた草花を花材としてフローリストに届ける“花材屋”になる前は、企業で雑貨デザイナーとして働いていたこともあったそう。

「ずっと草花は好きでしたが、仕事にはしていなくて。いまから20年ほど前にガーデニングブームみたいなのがあったんです。それも相まって、自分の中でも熱がどんどん高まり、中目黒のマンションの小さなベランダで白い花を育てていました。仕事から帰ってきた夜、月明かりに照らされる白い花がとっても綺麗で。次第に花への想いが募り、フリーランスで仕事をするように生活をシフトし、昼間は『ローズガーデンアルバ』というところでバラの作り方を教えてもらうように。バラと一緒にいろんな草花を育てているようなところで、イングリッシュガーデンや外国の造園に対する基本的な考え方を学びました」

庭付きの家で暮らし、自分の好きな草花を育てること。

やがて結婚を機に、住まいを考えたときに「庭付きの家で暮らしたい」と思うようになったという。

「フランスではフローリストが自然農法で草花を育てている人がたくさんいます。自然との関わりを深い形で考える姿勢に感化されて、私も自分でやってみたいと思うように。そんなタイミングで知人から〈BROCANTE〉の松田さんを紹介してもらい、庭づくりのご相談をしました」

中古で購入した一軒家をリフォーム。主に門構えや庭の外構工事を〈BROCANTE〉に依頼したという。

「松田さんのアイデアで電車の線路に使われていた木材を解体したものを門構えの一部にしてポストを配置。自分では思いつかない面白い発想だと思います。アンティークのようなしつらえが気に入っていますね」

無垢の木材を使用した塀や門構えは経年変化した落ち着いた佇まいで、繁茂する草花との調和が感じられる。玄関は住宅の建材に適した性質を持つスウェーデンの木材を採用し、全体的な統一感を意識した。

「玄関周りには、最初にエキナセアを植えました。私は草花が枯れると堆肥にして土に戻すんです。そうするといつのまにか勝手に芽が出てきて。そんな感じでエキナセアがどんどん増えましたし、花壇の中でも一際目立つ長い穂の中に小さな穂が咲くバーバスカムという花も、種が飛んで行って勝手に育っています(笑)」

庭のエントランスは芝生の道が作られていて、両脇には、ハーブや草花がのびのびと育っている。歩きながら草花の観察をするのが楽しくなるようなつくりで、門扉を開けるとさらに庭が続く。風が清々しく吹き抜け、植物たちも気持ち良さそうに、生きている。

「私は古い品種の草花が好きで、例えば薬用植物のアザミゲシも好きな花のひとつ。大正時代くらいに渡来していたと言われています。第二次世界大戦で消滅してしまった植物はたくさんあって、戦前の古い品種はまだ残っています。戦前の日本の花にすごく憧れがあって、遺伝子操作をしていない花の佇まいがとても魅力的。以前、庭の前を70代くらいのおばあさんが通りがかり、立ち止まって花を眺めていたことがありました。話かけてみると、彼女が小さい頃に疎開をしていたときに咲いていた花だったらしくて。誰かの心の深いところに寄り添える花を育てることができたと思うとすごく嬉しかったですね」

青木さんはイングリッシュガーデンにも強い憧れがあり、結婚前はお金を貯めて、春夏秋冬に渡英することが目標だったという。

「イギリスの植物園は度々訪れました。憧れが強すぎて、向こうで植えられている草花の品種を自分の庭で植えたこともあります。けれど、日本の土壌には合わないみたいで枯れてしまって。その失敗を踏まえて、図鑑で学名を調べてもともと日本にあったものに置き換えると、うまく育ったりすることがわかりました」

一つ一つ気になった花を調べては、丹精込めて草花を育ててきた青木さん。いまは、庭で育てている草花だけでは出荷に対応できず、近くの畑を借りて栽培しているという。

「この辺は、スタジオジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』の舞台になったエリア。山や森を破壊する開発を反対した住人が多く、自然が残っているんです。山林豊かなこの土地にはこういう花があったんだな、と思うとまた新たな世界が広がっていきます。日々の感動を仕事にして人に紹介できるというのは、本当に楽しいことだと思います」

青木さんが庭で育てた花の写真を自ら撮りおろし、草花にまつわる文章を綴った自費出版の本が最近発売された。

「生花を届けられない人にも喜んでいただきたくて。本だったら、鮮度関係なくいろんな人に見ていただけるな、と。奇抜な花ではなく、当たり前ですたれてしまったものを掘り起こすような感覚で、草花を届けていきたいですね」

photo / Takeshi Abe, text / Seika Yajima