Garden

庭と借景を楽しめるユニークなロケーションに住まうこと。

1933年に創業した、登録有形文化財にも登録された高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」。その三代目が平松佑介さんだ。訪れる人が「ケの日のハレ」を楽しめる、新しい銭湯のスタイルを提案する平松さんの自宅は、とてもユニークなロケーションにある。「小杉湯」の隣には、“街に開かれたひとつの家“のようなスポット「小杉湯となり」があり、さらにその隣には一軒家の自宅が。高円寺の駅からほど近いエリアに住みながら、充実したガーデンライフを楽しむ平松家の日常や新しいライフスタイルについて、お話をお伺いしました。

自宅のテラスから見えるロマン溢れる借景。

杉並区高円寺駅から純情商店街を進み、一本路地を入ると、住宅街の中に重厚な瓦屋根の建物が見える。高円寺に住まう人や銭湯好きに愛されてきた、築83年の歴史を持つ銭湯・小杉湯である。
「小杉湯」から目と鼻の先に「スウェーデンハウス」で家を建てた小杉湯三代目の平松さん。家業を継ぐ以前は、夫婦ともに「スウェーデンハウス」で働いていたという。人と環境に優しい木製素材を建材に使った木の家の2階のテラスからは、趣深い「小杉湯」の屋根や漆喰の壁が見え、どこか昭和の面影を感じられる景観にノスタルジックな気持ちが掻き立てられる。

「2階のテラスからの銭湯の眺めが面白いですね。上から見渡していると、 銭湯に来る人たちの営みが感じられて。ここでは、普段からご飯を食べたり、子どもの勉強スペースとして活用したり、テラスを“ひとつの部屋”として活用しています。カフェに行かなくてもカフェ気分に浸れる空間といいますか。ふだんから、好きな植物を飾って楽しんでいます」と笑う、妻のさちえさん。

庭で採取した紫陽花や好きな観葉植物をテーブルに飾り、部屋の至るところで草花の息吹を感じられるしつらえを意識した。ふだん、調理に使えるようなパクチーやミントも鉢植えで育てている。
2階の窓辺からは、庭のレモンの木が綺麗に見えるような植栽が。

愛犬が元気よく駆け回る、広々とした30平米の庭。

1階には広さ30平米ほどの庭を作り、家庭菜園を楽しんでいる。地面は歩きやすいように、青森ヒバのウッドチップを取り入れた。

「愛犬のアメリカンコッカーのブリックは、青森ヒバのウッドチップ上を駆け回って気持ち良さそうに走っています。ときどき、庭で育てているミントを好んで食べている様子を見かけるのですが、今まで少し気になっていた口臭も気にならなくなりました(笑)。ミントに含まれるメントールが作用してくれているみたいですね。爽やかな香りに癒やされています。来年には、もっと増えて、ミント畑みたくなったらいいな」

そう話す、さちえさんの周りを元気にかけまわるブリック。庭に生き生きと育つミントやローズマリーの鼻に抜けるような爽やかな香りを纏い、どこか心地良さそうである。青森ヒバのウッドチップがクッションとなり、直接地面に触れなくても済むため、ブリックにとってもやさしい仕立ての庭になっている。さらに、ハーブ以外の野菜や果物をいくつか育てていて、ウッドフェンスの高い位置には、ブラックベリーを植え付けた。

「ベリーは実が黒くなってきたら収穫します。最初の頃は、ヨーグルトと一緒に食べたり、スムージーに添えてみたり。育て始めてある程度時間が経ち、結構収穫できるようになってきました。いい時期に収穫し、洗ってから冷凍庫で保管しています。食べたいときに、ジャムにしようかな、と」 家庭菜園も充実していて、ピーマンやオクラ、バジル、サンチュ、シソ、ナス、トマトなどを育てていて、日常的に平松家の食卓を彩っているという。

出かけられなくても、“庭がある生活”に救われた。

「『子どもたちに、庭で収穫した野菜だよ』と伝えると、スーパーで購入した
野菜よりも喜んで食べてくれる。そのことが嬉しいですし、庭を作ってよかったな、と思う瞬間です。たまに庭でバーベキューもするので、その場で収穫したフレッシュな野菜をそのままいただけることも嬉しくて。娘は木のプレートにハーブの名前を記してくれました。庭に出て、それぞれの成長過程を観察するのも楽しみで、家族みんなで収穫を心待ちにしています。“Stay Home”期間中は、近所の公園に出かけることにも規制があったので、庭があって良かったな、と心から思いました」

庭と同じくらいに平松家にとって、日々の心の潤いになっているのが「小杉湯」の存在だ。

寺社を模した唐破風になった二段重ねの立派な瓦屋根。木彫りの欄間には、今では 伐採が禁止されている標高500メートル以上の山地に自生する屋久杉が贅沢に使 われている。細部に職人の美意識が宿る繊細な造り、昭和初期に建てられたレトロ な佇まいが見どころだ。

実際、平松家は家の風呂は銭湯の定休日しか使用せず、毎日のように銭湯で入浴をしているという。
「広い風呂に入れるのは、とっても幸せです。自宅の風呂掃除も楽ですし(笑)。小杉湯は、ラベンダーの湯、よもぎの湯、米ぬかの湯、といったように、毎日のように湯の内容が変わるところが、とても楽しい。植物の自然な香りを堪能できて、リラックスできます」とさちえさん。

「小杉湯」のすぐ隣には、「小杉湯となり」という、自宅や職場とのような空間とはひと味違う、心地よい時間を過ごせる“サードプレイス”がある。高円寺の街や銭湯を愛する人たちが、深呼吸できるような憩いの場になっている。また、「小杉湯」を起点にした新しいライフスタイルを「小杉湯となり」で提案しているのが「銭湯ぐらし」代表の加藤優一さんだ。

「小杉湯となり」の中庭の左隣には小杉湯。右隣には平松さんの自邸が。
庭を見渡すとレモンの木、マウンテンミント、リキュウバイなどがのびのびと育つ。これらの植栽コーナーは、平松邸と「小杉湯となり」のパーテーションになっていて、お隣さん同士、心地よい距離感を保つためのツールとしても機能している。庭の景色を眺めながら「僕をはじめ、会員のメンバーは、中庭にベンチを置いて、休憩を取ることもありますね」と加藤さん。

「基本的には会員さんと一緒にこの場所を作っています。メンバーの方は、意外とお子さんがいる主婦の方も多くて。『家以外の自分の居場所が欲しい』という人が結構いらっしゃるんです。たまの週末には、中庭を開放して、マルシェを開催することも。家からちょっと外に出るだけで、快適な時間が過ごせる空間を作れたらいいな、と思っています」

庭も銭湯もよき “遊び場”にすることで、軽やかに生活を楽しんでいる平松さんや加藤さん。彼らのリアルな日常に触れることで、家の外にも、家と同じくらいに快適な空間を作ることの豊かさを教えてもらった。

photo / Takeshi Abe, text / Seika Yajima