Garden

都会の片隅で繁茂する、小さなジャングルをイメージして。

都心に近いわりに昔ながらの商店街が残されている、下町風情が漂う東京・幡ヶ谷エリア。「ローカルを盛り上げたい」という想い、そこに住む人や遊びに来る人のエネルギーが交差し、人と人との結びつきを大切にするマインドが育まれている街だ。そんな地に10年ほど住み続け、数年前に住宅を購入したという魚(うお)直樹さんと章江さん。自分たちの家を持ったことをきっかけに、「玄関先を植物でいっぱいにしたい」という想いが芽生え、小さいけれど、存在感があるジャングルのような居場所を作った。魚家の、植物とともに過ごす、ふだんの暮らしについて話を伺った。

心を解放させてくれる、植物の存在。

「マイホームを持ったことで都会にいながらいつも自然を感じていたい想いが高まったんです」と話す直樹さん。彼の生業は、築地市場の魚河岸で業者に魚を売り捌くという仕事。ふだんは、夜に職場に向かい、昼過ぎまで働くのが、一定の生活のリズムだ。家族や周りの人と時間がすれ違うことも少なくはない。だからこそ、日常のなかで心を休め、解放させる時間を大切にしている。直樹さんにとって、植物の存在が心のオアシスになっているようだ。

「僕は島根県の松江市出身。海と山に囲まれて育ったので、自然が大好きなんです。それもあって、玄関先にジャングルのようにいろんな植物が生き生きと茂っている環境を作りたくなりました。そんな漠然としたイメージを叶えてくれる造園業者をネットで探していて、たまたま出合ったのが〈BROCANTE〉さんです。webサイトを見ていたら、すごくお洒落でいいな、と。僕は何事もフィーリングを大切にしたいタイプなので(笑)、ほかの業者を探すこともなく、すぐにお店に遊びに行きました。それで、その場で相談を持ちかけたんです」

想い描いた理想を叶えるために、まずは玄関のエントランスの土間部分を解体することからスタート。その後に、土壌を整えて砂利と石畳を敷き詰めた。鉄製のパーゴラを設え、蔓性のトケイソウを植えて、柱に蔓を絡ませて天井に這わせるスタイルに。パーゴラの水平なラインに対して、帯状にこんもりと繁茂する野性的な植物の姿が一番の見どころになっている。ほかにも、シダ系の植物、葉の形がユニークなストレリチアなど、まじまじと見つめたくなる個性的な植物が元気に育つ。トケイソウを愛おしそうに眺めながら、章江さんが話す。

太い幹に成長してくれたことが、思いがけない喜びに。

「このトケイソウは、最初は1㎝幅くらいのヒョロヒョロの蔓の状態だったんです。それが1年くらい経ったくらいに幹と言えるくらいの太さに成長して。ここまで成長するとは思っていなかったので驚きましたね。ちょっとした庇のような機能をもたらしてくれるので、夏場はこの存在に助けられています。それに、家の中では日当たりの問題で植物がうまく育たないので玄関先にこの空間がある喜びは大きいです。コロナ禍で外出できないときも植物の存在が癒しでした。植えている植物の中で特にお気に入りは、ジャスミンのような香りがする花が咲くトウテイカカズラです。その季節になると、嬉しくなりますね。ご近所さんとは仲良くさせてもらっているのですが、植物を眺めながら、自由な時間を過ごすのが我が家の楽しみでもあって。玄関近くのちょっとしたスペースにテーブルと椅子を出して、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりしています」

ご近所さんが集まり、仲睦まじく過ごす昼下がり。魚家だけではなく、隣人たちも植物の存在に癒されている。
ウッドウォールには、シダ系のハンギングプラントを吊るし、スペースを有効活用。 飾りながら育てている。
購入したポストの上も植物を飾る場所に。グリーンを剪定して、涼やかな印象のガラスの花器に生けた。ブルートゥーススピーカーを置いて好きな音楽を流して夕涼みを。
バーゴラの右側の柱のそばには、モクレンの仲間であるタイサンボクの白い花が咲く。 子どもたちも庭の植物の成長を観察して楽しんでいる。

庭先で音楽を流して、お酒を酌み交わす週末のひととき。

「夕方、西陽が差したときの景色が最高なんですよ」と嬉しそうに話す、直樹さん。次第に陽が落ちてきて暗くなるとパーゴラの天井に取り付けたオレンジ色のライトが優しく灯る。

「玄関のライトがつくとさらにムーディーな雰囲気になって気分が高揚します。昼間はボサノヴァ、夜にはジャズをかけたりして。それでお酒を飲む時間がとにかく最高。時間帯によって植物の印象が変わるのがまたいいんです」

この日は、魚さんが捌いたカツオやイナダをつまみに宴が繰り広げられた。土曜日には、玄関先でリラックスすることが多い。

魚邸の玄関には、タイサンボクの葉で作ったスワッグが飾られている。これは、章江さんと〈BROCANTE〉のスタッフが共に手を動かし、作ったものだ。

「枯れた状態の葉のブラウンカラーは品があってとても綺麗なんです。どこかベルベットのような肌触りで、すべすべとしているので気持ちが良くて。自分たちが育てている植物でスワッグが作れる気軽さにも嬉しくなります」と章江さん。

家族の日々の愉しみを生み出し、コミュニティの仲間たちが寛げる時間をも誘ってくれる植物の存在―― この街で、共に、支え合って生きていくことの豊かさを、きっと拡張してくれることだろう。

 photo / Takeshi Abe, edit& text / Seika Yajima